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永井するみ「枯れ蔵]は第一回新潮ミステリー大賞受賞作です。動機に問題有りという書評がが多いようですが、ぼくは素晴らしい作品と思います。違和感なく同じトーンで最後まで語られる語り口は受け入れやすく、しっかり安定しています。たった一つの自殺事件がミステリーワールドの入り口。スケールは大きいぞ。
食品会社OLの映美は添乗員の友人、曜子の自殺を知ります。何故?、自殺しなければならなかったのか?謎を追い始めます。と、同時進行で映美がチーフとなって推進している冷凍食品で使用する米の問題が浮上します。富山の無農薬有機栽培米を使用するのですが、その富山で現在使用されている農薬に抵抗力を持った害虫が発生します。遠くはタイを結ぶ農薬会社、県の農業試験場、無農薬栽培農家などを巻き込んで富山から全国に広がる米騒動が起こります。これらの情報知識は勉強になりますね。作家の調査力に驚かされます。最後にこの2本の線が交差したときに・・・・・・・・。
丁寧な人物描写は登場人物に存在感を与え作品に重量を感じさせてくれます。本題であるミステリーを崩すことなく我が国が抱える農業問題や自分さえ良ければという心が見え隠れする国民性など深く考えさせられる問題も投げかけて来ます。いや、本題のミステリアスな自殺だって我が国の国民性のダークサイドの一面と言えるでしょう。外務省問題で地に落ちそうな日本の評価、実は善人面で旅の恥は何とやらの一般国民の海外での行動こそが評価を受けているのかも知れません。 |
とっくに読んでいなければいけない、宮部みゆき「魔術はささやく」です。いやあ、宮部作品に惚れ直している昨今ですが「何故、読んでいなかったんだろう?」と後悔する事、しきりです。「火車」、「模倣犯」で再燃した宮部作品は素晴らしいですね。(絶賛しすぎ?(^_^;))
北海道の小さな町から母を亡くしひとりぼっちになった12歳の少年が東京の母の姉である叔母の家へ引き取られて来ます。タクシー運転手である叔父が信号を無視して飛び込んできた女性を撥ねてしまいます。何故、この女性は自ら飛び込んできたのか?。サブリミナル効果など伏線は張られているものの、3人にも及ぶ自殺事件の謎は深まるばかり。少年は横領犯であり失踪した父親を持つという過去を背負いながら、その謎に挑戦して行くのです。・・・・もう、これだけでも興味津々な展開ですよね。解答編になって題名「魔術はささやく」は深い多くの意味が込められているのだ分かり、さらに感動は高まるのでした。
罪を憎み、犯人を憎み、無念の行き所を模索。親子の愛、友達の愛、恋人の愛、そして自己愛。愛は憎しみを越える事が出来るのでしょうか?。愛は罪を許す事が・・・・。深くて重い命題が読者に投げかけられますが、そこに一つの解答が示され、やりきれなさは残るものの不思議と晴れ晴れと本を閉じる事が出来ました。「クロスファイア」にも通じるこの命題、解答は無数にあると思いますが解決の糸口が憎しみのをもたらす愛と同じやはり愛なんですね。
辛い過去を持ちながら、母の愛、叔母家族の愛、友達の愛、アルバイト先の先輩の愛、・・・・と、多くの愛に囲まれた主人公「守」は自らも愛を捧げます。・・・・吉武を見送った「守」の行き先は輝いていました。 |
新潮ミステリー倶楽部賞受賞作「骸の誘惑」雨宮町子です。予備校教師結城可那子の弟が突然事故死します。葬儀の過程で一人の女性の名前が浮かび上がり、その女性を捜し求めますがその足跡は消え大きな謎が目の前を覆い被さって行くのです。
謎の女性を追う過程は「何故?」がつきまとうため結構に文中へ引っ張らせますね。一番最初のプロローグらしき展開がどこに繋がるのかよく分かりませんが。主人公結城可那子の家庭の深層部、もう一人の探偵役の深層部など掘り下げられるものも多いのに、それがどこに繋がるのか?。中盤過ぎから解明されてくる謎の女性も、そして謎も、また聞き込みで遭遇する物わかりの良い証人たち、謎の黒幕を思わせる人々、どこか落としどころが安易と言うか・・・・。物証無き解答は堅固な状況証拠が欲しいし、簡単に捕まる悪党はあっけないのじゃないだろうか。
・・・・・・と、難癖を付けていますが、最初は読むにくかった文章も謎の深まりで気にならず読み進める事が出来ました。「次はどうなるのか?」この繰り返しこそ目を逸らさせない重要な点であり、善し悪しに関わらず目を離させない展開は面白いです。登場人物の存在感はしっかりありますので薄っぺらな印象にはならず重量感は有るかも知れません。受賞作品と言う事でまだプロじゃないのですから、それを考慮すればなかなかの作品でしょうね。原題は「Kの残り香」、Kとは可那子だろうか?。何処に重心があったのか理解できそうです。恋愛こそが主題だったのでしょうか。女流作家の描いた女性は女性読者には共感を得るでしょうね。男性が想像している女性像って現実とかなり隔たりがあるようです。やはり、暗くて深い川はあるのだな。 |
「我らが隣人の犯罪」と「返事はいらない」の2冊の短編集です。傾向が似ているのとたまたま連続で読んだものですから、2冊同時の読後感想です。
「我らが隣人の犯罪」は1.我らが隣人の犯罪 2.この子誰の子、3.サボテンの花、4.祝・殺人、気分は自殺願望。「返事はいらない」は1.返事はいらない、2.ドルシネアにようこそ、3.言わずにおいて、4.聞こえていますか、5.裏切らないで、6.私なついていない、と双方6篇の短編が収録されています。
この2冊、ともに日常を描きながらも、しっかりミステリーになっているところが共通点でしょうか。また少年が主役になっていたりで、派手な殺しも起きていません。しかし、それぞれ謎が提示され、その謎に引き込まれまさしくミステリーとなっています。これが宮部作品とはある種驚きでは。ほのぼのとした完結に心が暖まります。
風が出て来て、空が灰色に変わり遠くで稲妻が閃いています。やがて雨が降り出し、屋根やガラス窓を激しくたたき出します。そんな雷雨の中、主人公の少年は一人家で留守番をしています。「こうしていると、いつもより家の中が広々して見える。部屋の天井がどんどん高くなり。床が広がり、壁がせり上がってきて、僕は小さくなる」と表現しています。どうですか、そんな心細い想いを経験した事が有るのではないでしょうか。確かに家が大きく感じられたことを思い出します。心情をこんな素晴らしい表現で表した箇所が多く見受けられ、短編だからと言ったお手軽な作品など一つもありません。きっちり書かれている心のこもった小説群です。この2冊、まとめてお奨めです。ミステリーの奥の深さを改めて感じる事でしょう。 |
女優の白石加代子氏による語り下ろし公演「百物語」の新作「七つの怖い扉」の為に書き下ろされたものです。阿刀田高、小池真理子、鈴木光司、高橋克彦、乃南アサ、夢枕獏、宮部みゆき、の7氏にによる短編集です。
・・・・うむぅ、確かにコワイ話です。強烈な怖さと言うより正体不明の謎がジワジワ寄りついて来るというゾクッとさせられる話です。「語り下ろし公演」というのは朗読のようなものでしょうか。聴衆してみるほうが怖さも増すかも。解き明かされるまでは、すべからくミステリー。まさにミステリーな話じゃないでしょうか。鈴木光司氏の「空に浮かぶ棺」にビデオテープと貞子が出てきますが、「リング」の前身なのでしょうか。短編集を読み始めると止められなくなりますね。次も短編で行くかな〜。 |
女性作家の短編集「蒼迷宮」です。小池真理子、、新津きよみ、桐生典子、青井夏海、若竹七海、乃南アサ、菅浩江、清水芽美子、篠田真由美、宮部みゆきの各氏の素晴らしい作品が並んでいます。どれも逸品ぞろいで取り上げるのに迷うのですが新津きよみの「彼女の一言」、乃南アサ「泥眼」、菅浩江「箱の中の猫」、清水芽美子「車椅子」などは大いに満足しました。短編集って気軽に読めるし沢山の作品を読むのでがっかりするような事は無いのですが、これは本当にお奨めしたい本です。
「泥眼」は能面の女性の面の一つです。特に「・・・・思い詰めている、後悔や自責、郷愁や憐憫をうちに秘めながら、その上で自分の情念に身を任せてようとしている・・・・・」を込めた面の注文を受けた能面師ですが、作っても作っても、依頼主の舞踏家の希望にあわずに断られ、最後には執念として満足いかせる面を作ろうと面作りに打ち込みます。なぜ、満足してもらえないのか。能面師の過去と舞踏家の過去が重なるとき、浮かび上がってくるその理由は・・・・・。
殺人など起こらなくてもミステリー仕立てが出来るのは、やはり短編ならではでしょうか。長編のテーマとしては物足りないものでも短編にすると密度の濃さの故か、驚くほど素晴らしい作品に仕上がりますね。装飾をそぎ落としてスリムになるけど、テーマは省略できないので筆力も問われますね。「泥眼」の能面師を始め、あまり物語に出てこないような人々が活躍する短編集です。楽しく読めました。 |
さて「鳩笛草」の3作品のひとつ「燔祭」の続編「クロスファイア」、宮部みゆきです。「燔祭」を読まずともわかるようにはなっていますが、読んでからの方が良いですね。「燔祭」あっての「クロスファイア」だと思います。
今や凶悪犯罪と言えば未成年と言ってもおかしくないような、惨い犯罪が多発しています。コンクリート詰め殺人や名古屋のアベック殺人を代表にリンチ殺人など、どうしたらあの様に惨い事が出来るのかと通常の神経では及びも付かない事が起き、その加害者が殆ど未成年ですから尚更驚かされます。本の世界より現実の世界の方が残酷とはどういう事でしょうね。少年法改正とか言っておりますが、それで解決する問題とはとうてい考えられないです。犯した罪に対する罰はきちんと与えないような法律は法として呼べるのか。更正などと言う言葉も聞きますが、罪を償ってこその更正であり、償わない更正などあり得ないのではないだろうか。まるで幼児が
地面の蟻を靴で踏みつぶすように人の命をおもちゃのように扱う少年犯罪。何故、彼らは・・・・
そんな加害者を宮部みゆきは登場人物の刑事石津ちか子にこう言わせています。「・・・何不自由ない育ち方をして、不足はなく、豊かで満ち足りている自分。しかしその豊かさを享受しているのは自分だけじゃない。隣のあいつも、後ろのこいつもみんな同じだ。だけどこんなに満足している自分は、きっと何か特別な存在であるはずで、きっと隣のこいつや後ろのあいつとは違う存在である、そうならなければならないはずで− それなのに、その「違い」が見つからない。飽食によって純粋培養された「強力な自尊心」だけが、まるで水栽培の球根のように無色透明な虚無の中にぽっかり浮かんでいるだけで、それを包んでいる「自分」には色も形もない。存在感さえないのだ。 それでも日々の暮らしに困ることはない。遊びは、浪費は、楽しくてたまらない。だからいつも忘れることができる。自分には「自尊心」しかないことを。そしてかれらの「自尊心」は豊富な栄養を吸ってどんどん根っこを伸ばし、野放図に成長しジャングルの蔦のようにからまりあいもつれて、ますます動きがとれなくなる。どこ行くにも、何をするにも、その肥大して錯綜して元の球根そのものよりも大きな場所を必要とするようになった「自尊心」の根を引きずって行かねばならないから、彼らの動きはきわめて鈍く、だから彼らは否応なしに怠惰になる」・・・・長い引用ですが(^_^;)、その「肥大した自尊心」の持ち主の暇つぶし、イライラの解消、欲望のはけ口、ただのオモチャにされた被害者をいつ誰がどうやって救うのか、その答えの一つが「クロスファイア」なのでしょうか?。
人の命を虫けらのように扱う少年法に守られた加害者たちに、敢然と立ち向かう一人の女性「青木淳子」は超能力者ゆへの薄幸な過去を持っています。犯人を追う青木淳子、青木淳子を追う秘密組織、そして、それらを追う刑事。果たして正義とは・・・。被害者の無念を晴らし、加害者に罰を与えるべく一人の女性が向かう先に待ち受けるのは哀しい結末しか無いのでしょうか。 公言はしなくとも「クロスファイア」を読まずとも、現実の社会を見て、何とか出来ないのか、仕掛け人でも居たらお願いしたい、死刑でも飽き足りないと思っている人は多いでしょうね。法律はが果たして善良な市民を守るためのものであると言えるのか。敵討ち法でも制定して欲しくなります。多くの人が青木淳子を支持するはずです。青木淳子は正義の使者か、「クロスファイア」は敵討ちは空しいと語りつつ、その答えを明らかにせずに青木淳子とともに幕を引き、虚しさと悲しみだけが雪に溶け込んで行きました。
重いテーマながら息もつかせぬ勢いで読まされる「クロスファイア」です。まさにスリルとサスペンス。良かった! |
「鳩笛草」宮部みゆき。「朽ちてゆくまで」「燔祭」「鳩笛草」の中短編3作からなっています。主人公が全て超能力者として描かれています。超能力者の悲しい過去、超能力者の犯罪者、超能力者の刑事とそれぞれ立場を変えたパターンで書かれ、「燔祭」はのちの作品「クロスファイア」に繋がって行くようです。
超能力で物事を解決していくようなお手頃ストーリーではなく、それぞれテーマを持ちながらのミステリー仕立てで楽しめます。中短編は余分なところを省いて凝縮されたストーリーで程良く区切りがつけられて読みやすいですね。一気に1編ずつ読めますものね。宮部みゆき作品自体、数を読んでいませんのでこんな分野も書くのかと感想を持ちましたが、読み終えた今「理由」であったり「模倣犯」など近作品に通ずる底流が見えてきて面白かったです。さて、「燔祭」のその後の「クロスファイア」、手元にあるのでそろそろページを開こうかな。 |
「天空の蜂」東野圭吾です。わぁー、こんなのも書くんだ!とまずは驚きました。それほど読んでいないのに何か毛色が変わった気がして。・・・・しかし、読み終えた今、改めて東野作品だった事がよくわかります。アクション映画を思わせるような展開でしたが、流れる主題はさすがというか。原子力発電所について実に詳しく語られます。だからこそ、深く重い主題が生きるのですね。・・・・原子力発電所の事じゃないぞ。
当たり前のように使っている電気。オイルショック時の節電も遠い彼方に忘れ去られ、水や空気と同じに得られて当然のような電気。その恩恵の陰に隠れた原子力発電所。危険性に目をつむり、発電所所在地の不安など知る事もなく使い放題の都市住民。もっと関心を持たなくては反省。違う違う、そうじゃない。「天空の蜂」は原子力発電の危険性を考えさせるのが目的じゃないのです。自分に直接被害が及ばなければ素知らぬ顔の人々は、ゴミの投げ捨てから始まって車内暴力、痴漢や万引き、数々のマナー違反者に対してもまるで無関心。自分には関係ない事と目をつむり顔を背けて素通りなんです。いや、ルール違反の当事者でもあったりしているのに罪悪感もない。自分の生活さえ壊されなければ、みんな他人事なんですね。それを、そのことを問うているのですね。そんな主題をスリルとサスペンスでぐいぐい引き寄せながら、天空のヘリコプターから地上を見渡すように、距離を置いて見つめ直せと訴えます。
学校、職場、地域、等々、いろいろな分野で山積されている問題の根元は何か?。解決するためには?。投げかけられた問いを天空に羽ばたく蜂に我々は何と答えればいいのだろうか。 |
綾辻行人の「鳴風荘事件」です。殺人方程式のパート2となっていますが、前作を読まなくても困りませんし十分楽しめます。ぼくにとっては前作「殺人方程式」では、ちょっと期待はずれも有ったのですが、今回は満足して本を閉じることが出来ました。殺人方程式で探偵役をしました警視庁刑事の明日香井叶夫妻の出会いのきっかけの殺人事件の謎と、その6年後に起こった連続殺人事件の謎を明日香井叶の双子に兄、響が前作と同様に挑戦します。面白い設定ですよね。刑事の方の弟ではなく兄が探偵役と言うのも悪くないです。
6年前の被害者の妹がタイムカプセルを開けるために集まった同級生と同宿した鳴風荘で姉と同様に長い髪を切断された姿で殺害されました。謎の仕掛けに途中飽きることなく読み込んでしまいました。最後に二転三転させられる解決編は素晴らしい。後半に読者への挑戦状が提示されますが、なるほど説けなくはない程に布石は打たれていました。結構、推理出来ていたのですが過去の(六年前の)殺人事件の事を考えると、どの様に結びつくか悩んで先に進めませんでした。挑戦された読者の反省としては、裏読みなどしないで出された謎の整合性をただ考えれば良いと思うのですが、なかなかそうは行かないのがミステリーファンなのでしょうね。合理的な最後の明日香井響の推理に脱帽です。
またまた楽しめた綾辻行人です。きっと、また本屋さんで手にしてしまうのでしょうね。(^_^)v |
続けて読んでしまいました。「殺人方程式」綾辻行人は密室トリックバージョンの謎解きミステリーです。新興宗教の次期教祖がマンションの屋上で切断されて発見される。そのマンションにはその教祖の妻(前教祖)の息子が住んでおり犯人として逮捕される。。その前教祖の死亡事件に次期教祖が絡んでいるという疑惑があった。双子の刑事がその謎に挑む。・・・・と、2つの殺人事件に様々に関わり合人間関係が、より謎を複雑に。
全ての手がかりは300ページまでに読者に提示したと、作者は読者に謎解きを挑戦してきますが、どうなんでしょうね。何故、社会派と呼ばれる分野が台頭してきたのか?。トリックや謎を重視するあまり動機が曖昧で殺人の必然性が希薄になり折角のミステリーな部分に疑問が生じてきたのではないか。あまりに絵空事過ぎて引きつけられなくなったからではないか。結果、それら欠点を埋めるように現在のエンターテイメントと呼ばれるミステリー分野が賞賛されているので、本格物に足りなかったものを埋めての新本格物であって欲しいし、新社会派であって欲しいと望んでしまいます。最初に川を挟んだ2つのビルからロープじゃイヤだなと思ったぼくとしては今ひとつ不完全燃焼であったのも事実です。エピローグ2で全てが解き明かされるのですが、力持ちには驚きましたね。読んでいたイメージと違うな。全ての手がかりが提示されたってホント?
と、文句言いつつも楽しんじゃったのも事実だから、まあ良いか。(^_^)v |
綾辻行人「水車館の殺人」。綾辻行人は初めてなのかな?。読んだことが有りそうですが記憶がはっきりしません。後書きによると「新本格派」としょうされているような。確かに舞台は山陰の山奥の洋館。事故で大けがをした故の仮面の主人、若き美人妻、執事とお膳立ては整っていました。嵐の晩のバラバラ殺人。まるで横溝ワールドですね。・・・・と、揶揄しているわけじゃありません。久々に本格物(確かに)の味を楽しめたのです。
著名な画伯の事故で仮面を付けるようになった息子、曰く付きの建築家による水車を動力にした洋館、若き美人妻、執事(執事なんて久しぶり)、放浪の弟子、画伯の作品を求める画商、教授、医者。山陰の山奥で嵐の晩に繰り広げられる殺人事件、そして探偵。ミステリーファンならお馴染みの舞台ですが、現在と一年前の過去とを行き来しながらの展開は、読み始めの不安を払拭するように見事に開花しました。
本格物から社会派と言われるもの、現在の流れろなんと言って良いのか分かりませんが(言うなればエンターティメント派でしょうか)時代、時代で主流が変わって来たように思います。ぼくとしては社会派もエンターティメント、本格物と様々なジャンルを楽しめる現在って何と幸せな時代かと改めて思います。それは、ミステリーファンの増大も大きく関与しているのでは思います。大手の本屋さんを含めてぼくのライブラリの方が密度が濃かった時代もありましたからね。昔は古典の本格物なら何を読まなければならないとか、社会派の何々は邪道とか言われた時もありましたが、こうして読み続けてきたファンの一人として今やジャンルにとらわれずに自由に楽しめば良いのではと思います。ここのコーナーにある「お奨めミステリー」も最初は本格物で海外ならまず読まなくてはならない本とか、国内ならこれは押さえなければならないものとか、書いたのですが、バカバカしくなりあまり手に取らずにいて面白いものとか、自分が良かったものとかを、あっさり書くことにしました。本とはお奨めなんて大きなお節介というものでしょうね。
「水車館の殺人」、久々に暗闇にゾっとする読後でした。綾辻行人はこれを含めて3冊購入したので連続で読んでしまいそうです。 |
桐野夏生が連続で来ました。短編集「錆びた心」。やはり短編集は読みやすい上にもう一つ、もう一つとつい読み越してしまいまして続けて読んでしまいました。でも心地よい読後感だな。しかし、なんです、桐野夏生を改めて見ると素晴らしいエンターティナーですね。どれをとっても十分読み応えがあって心の底のひだを刺激してくれます。短編の題材を2,3つ寄せ集めれば長編の1本も出来てしまうのではないかと思われるのですが、これだけの短編を書かれてしまうと頭の中にはあとどれだけ眠っているのだろうかと感嘆してしまいます。「羊歯の庭」や「錆びる心」は素晴らしい。「ジェイソン」誰でもお酒を飲む者なら思い当たりそうな事ですが、ちょっと見方を変えると実にコワイ話です。ぼくも確かめないと・・・・(^_^;)。
「シェーン、カンバック」と少年が去りゆく馬上のシェーンに呼びかけます。あれは正義を終えたシェーンが留める少年を振りきって去ってゆく場面ですが、何とも男らしい爽快な大円団でもありますが、別説に本当は撃たれていて死を見せずに去って行き、後に死をむかえると、言うようなことを暗示しているとも言われています。物語の最終章は物語の締めくくりであり読者に何を残すのか重要な部分ですね。例えば復習劇で最後に恨みを晴らし終わるのも有れば、晴らしきれずに終わったり、逆に返り討ちにあったり、討った敵が真犯人じゃなかったりとそれこそたくさんのパターンが考えられます。何とか印象を付けようと、また物語の成り行き上と言うことも有るでしょうが、読者としては心に残らずとも爽快な終わりで気分を良くしたいと思うのが常です。それを、無理に後味を悪くするような終わりだと消化不良のまま、ストレスを抱えたまま、ぼくらは本を閉じなくてはなりません。 パターンは限りなく有るはず、心に残すにしてもちょうど良い選択をして欲しいと作者に望んでやみません。 桐野夏生にぼくは裏切られたことがないのです。 |
「ジオラマ」を含む9編からなる桐野夏生の短編集です。桐野夏生らしい短編集で読む価値ありです。私たちは目で見、耳で聞き、肌で感じ、頭で知識を得た世界で生きています。それは、それぞれの感知した世界であり、その世界こそ現実の世界と信じ生きています。自分に見えない、聞こえない、感じない、情報のない世界は知る故もなく意識すら出来ないでしょう。しかし、その見ない、聞こえない、感じない世界も同時に存在していることは間違いない事ではないでしょうか。そんな世界を見事に描いている作品群は素晴らしいです。
最初の作品「デッドガール」でもう虜になってしまいました。短編集ですから粗筋など紹介はしませんがミステリアスな世界ですぞ。短編集は短時間で1編を読めるので大好きです。既読リストをご覧いただけばお分かりになると思いますが結構数も多いです。一人の作家ものも良いですけど、複数作家の短編集も系統の違いや文章の違いなども相まって十分満足できますね。長編では読んだことがない作家も短編なら・・・・とたくさん触れあうことが出来ました。それがきっかけでファンになった作家もありますものね。
この本のあとがきは作者自ら筆をとっています。短編小説についても語られ、収録作品の各々にコメントが付けられています。 |
1960年代を舞台にトップ屋(今や死語の週刊誌記者)が連続爆破犯草加次郎を追う。桐野夏生の「水の眠り
灰の夢」は週刊誌創世記の頃のトップ屋と呼ばれる現在でいうフリーライターが地下鉄で草加次郎による爆弾事件に遭遇する所から始まる。この1960年代はぼくの青春時代でもあって、物語から言えば無くても良いような時代描写が実に懐かしく思い出され別な意味で楽しめた本でした。
ボタンダウにコットンパンツで七三分けの前髪を立てるアイビー(ニットタイも出てくるぞ)、VANの紙袋、平凡パンチやメンズクラブ(メンクラと呼んでいた)などを思わせる雑誌名、オンザロック(ぼくは今も飲むことあるけど)、整髪料のバイタリス、ホンコンシャツ、トヨペットクラウやセドリックのタクシー、プリンスグロリアなどの車名、ラリちゃう鎮痛剤名、ハイライトそしてビートルズなどなど頻繁に出てきて当時を物語ってくれます。VANやメンズクラブを彷彿させる登場社名など、これはあの会社、これはあの人じゃなかろうかと思わせたりも。実名で吉永小百合や鰐淵晴子も登場。草加次郎事件だって実在だものねぇ。まさに60年代まっただ中だな。
今じゃ当たり前のイラストレーター(当時は横尾忠則や宇野あきらなどあこがれたものでした)と呼ばれる職業が出始めでした。イラスト志望女性とのはかない恋愛や出版業界の内幕をお供に当時の風俗を織り込ませ草加次郎の爆弾事件と少女殺人事件の真相究明に乗り出すトップ屋「村野善三」の闘いが繰り広げられます。最初はノリづらかったのですが間もなくページをめくる手も軽やかになります。鎮痛剤の多用は酩酊状態になりラリるわけです。当時はシンナー間近の時代であり流行っていたものです。これが話の重大な要素になっています。今じゃ覚醒剤など主流で法律も厳しく取り締まっていますが、何たって鎮痛剤がクスリですから巷に流行ってしまいました。かく言うぼくも数回試したことがあります。しかし、効果の増減はあれど思考が酩酊状態ですから覚醒剤となんら変わりはなかったのかと改めて見直しています。中学高学年から高校くらいの年頃は以外と無知な上に好奇心は強く仲間意識も相まって試用に入ってしまうのでしょうか。鎮痛剤は副作用がつらいくらいでクスリ自体には習慣性は無いと思うけど(違っていたらスミマセン)覚醒剤はそうは行きませんね。これらに染められないような環境作り、クスリの知識や教育を十分行う事が消極的かも知れませんが地道に続けて行かないといけませんね。
この年代を知らないと楽しめない本ではないですし、知っているから倍増するわけじゃありませんがこの年代だからこそ成り立つものや頷ける心理描写もなきにしもあらずです。主人公「村野善三」は文中「村善」と呼ばれています。ぼくは最後の謎が解き明かされる数ページより「あとがき」でギャフンと」言ってしまいました。いやあ、「顔に降りかかる雨」「天使に見捨てられた夜」の主人公の私立探偵「村野ミロ」の父親だったのですね。何で「村善」で気が付かなかったかな〜。こりゃあ、スターウォーズのエピソード1だよ。これを知ってて読むのと知らないで読むのじゃ、読後感がかわるのだろうか? |
冒頭からぐいぐい引き込まれる1級のミステリーは赤川次郎の「怪談 人恋坂」だ。いきなり9歳の女の子が学校から帰宅をして姉の死をむかえます。不審な家の様子に不審な人の動き。一挙に謎がいっぱい広がりページをめくる手が止まらなくなりました。その通夜の深夜に9歳の妹は姉の幽霊と出会い自らの出生の秘密と姉の死の謎(殺人らしい)を解くように示唆されるのです。主人公の家の前にある急な坂道が謎でもあり、このストーリーを象徴しているのです。幽霊が出てきて怨念を晴らす・・・・なんて言えば、ご都合主義のお話になるのではと疑ってしまいそうですが、幽霊でも解き明かせないようなシチュエーションになっているいし、怖がらせて犯人が自供するなんていうお手軽な展開もありません。見事にミステリチックな展開で目を離せないでしょう。
キーワードの「坂」、「雨」、がうまく散りばめられています。読み終える頃には頭の中に自分なりの坂道が描かれてしまう程、象徴的に使われていて、その見えるがごとくの坂道がちゃんと始めと終わりを締めくくっています。誰にでもお奨めしたいエンターテイメントじゃないでしょうか。大満足で本を閉じることが出来ます。 |
[長い長い殺人」宮部みゆき光文社です。ミステリーにはいろいろな語り口で進行させているものが有りますね。語り口が最大のトリックだったアガサ・クリスティのかの有名なミステリーを始めペットにしゃべらせたり、石田衣良の「エンジェル」などは死んだ被害者に語らせている。「長い長い殺人」ではなんと、財布でした。それぞれ事件関係者の財布に各一章づつ語らせています。考えてみれば上手いところに目を付けたものです。財布なら男女を問わず年齢に関係なく所持しているものの一つの上、お金の出し入れをするところですから、いろいろな場面に出くわすと言うわけです。
刑事の財布から始まって犯人の財布、再び刑事の財布まで13個の財布が語ります。事件が発生し犯人も分かり手口も分かるのに証拠が警察の手元には無い。その上、後半には重要な容疑者のアリバイを証明する証人まで現れて益々警察は袋小路に入ってしまいます。最初は違和感のある財布の語り口(それに怖さが出ないんだよね)も読み進むうちに違和感なく読み進めます。むしろ、どうやって犯人の証拠を暴き出すのか引きつけられますね。
あ、あ〜、だから言ったじゃないの〜・・・・犯人は容疑者から出してよね。せめて登場人物から。最後にどこからか連れて来たんじゃ、有った筈の財布のお金が無くなり探している最中に、最初から入れてなかった事に気づいた時の時間の無駄と虚しさを味わうのと変わらないぞ。犯人は身近にいてハッと驚く人物が定番だぞ。 |
山田みつ子の心の闇と副題の付けた「音羽幼女殺害事件」佐木隆三です。事件は1999年11月22日に起きました。まだ、ついこの間ですね。音羽幼稚園に入園させている親同士の葛藤から相手の娘を幼稚園から連れだしそばの公園の公衆トイレでマフラーで首を絞めて殺害した事件です。殺害後自分の静岡県大井川町の実家の裏庭に埋めました。3日後僧侶の夫に付き添われて自首しました。当時の新聞等マスコミは「お受験」が動機と騒がれましたが、どうも違うようです。この事件を裁判記録からおこした本がこれです。
細かい所は読んでいただくしかないのですが、被告山田みつ子の生いたちが影響している事は間違いないところです。ただし、これが被告の罪を軽くするとか言うわけではなく、事件のいまだ不透明な動機の多くの部分に影響していると感じられ、また誰にでも事件には至らなくとも起きうる事例ではないかと思われるわけです。いかに人間とは弱いものか、またすべてに於いて自分との闘いであるのかと再考させられます。人とのつながりの中で生きている我々は他人との比較の中から幸福感や満足感、存在価値まで確認するように陥りがちですが、やはり全ては自分の中に存在するのですね。心をコントロールする事は難しいのですが、する努力を惜しんでは駄目ですね。
がんじがらめの環境から抜け出す事に怖じ気づくのは止めたいです。逃げ出す勇気も必要な時があります。向かわずして逃げることに躊躇して、あたかも闘う生き方として優れているように思えることもありますが、完全にコントロール出来ない心ならばこそ、静かに身を引く勇気も欲しいです。人間はそんなに強くないのです。心は壊れやすいのです。
被告、山田みつ子に同情を寄せるのは間違いでしょう。罪もないのに殺害された被害者にこそ目を向けなければならないし、そのご家族の悲しみに想いを馳せなくてはならないと思います。我々は加害者にもなりうるけど被害者にもなりうるのです。それが自らの自覚のない所で。ゲーム機のようにリセット出来ない事があり、償いきれない事も有るのだという現実から目を背けてはなりませんね。 |
井上夢人の「クリスマスの4人」です。謎が謎を呼ぶミステリアスな10年ごとの奇怪な事件。・・・・でもさ、かの有名なホラー映画「スクリーム」を思い出させる事の発端に進行。まあ、とっかかりは何であれ謎の積み重ねは読者を話さずにはいられない強さがあります。これだけ引っ張るのだから最後はきちんと締めくくれよと願ってやまない本です。だからこの期待には応えてくれなければ袋だたきものですね。
ポールが抜けたビートルズは死んだ・・・・同感です、異論はあれど、ぼくもポールなくしてビートルズは無しの陣営です。導入部がこれだもの、10年後には フォークも出てくくりゃ、完全にぼくの世代です。そういえば作者も同年代、経た時代を書いたのですね。4人の男女がひき逃げ事故を起こしたところから始まるミステリーですが、何とも枚数が少ない。でもオチをみれば納得。こんなので落とされてはこれ以上の枚数で攻められたら怒り心頭ものですね。納得の枚数でした。それにしても、本格推理小説で落としてもらえたら最高だったのですがね。
帯にSFともうたえない(うたえばバラすようなもの)わけで、ミステリーと信じて読んだ読者は辛いものがありますね。でも一気に読ませるテンポと謎の置き方は落胆させません。ぼくなりに面白かった作品です。 |
いよいよ「ミスティックリバー」です。前回の「国境」とともに昨年購入して正月休みに読もうと取っていた本です。でも、秋葉原や家の近くのディスカウントなどに行ったりしたもので国境しか読めず今日に至りました。と、言っても三日しか経ってませんが。(^^;) まあ、それだけ読ませる作品と言うことになりますかね。
少年の頃の遊び友達3人は25年後に刑事、被害者の父親、容疑者として再会します。事件はミステリアスですが25年前の少年の時に遭遇したある事件とつながって(有る意味匂わせながら)いるかのように見えてきま。だけど、そんな簡単じゃないのですね。やはり良い作品の共通事項、登場人物が肉薄するように書き込まれその背景もいろいろなエピソードに織り込みつつ違和感なく受けいることが出来ます。外国の本って全体的にこんな書き方が多いですね。端役にでさえ存在感を与えていますから全体に重みが増すわけです。
内容を書くわけには行かないのですが、ミステリアスは事件そのものとその背景、両方にありそれぞれが進行して行き、ラストに初めて何故背景描写にあれほど書いたのかわかります。事件そのものの進行も面白いのですが裏に潜む本当の事件が理解できないと半減してしまう可能性があります。取り方によっては別な見方が出来てしまう恐れがあるのでこの作品の評価はいろいろ出てくるのじゃないかと思います。
人生、いくつもの分岐点を通過してきます。それが意識できる場合も無意識の内にでも。でも、分岐点の選択は必ずしも以後の人生に影響を与え続けるわけではなく、以後もまた分岐点があり、それが延々と続いているのではないでしょうか。一つの分岐点が以後の人生に影響するなら、我々はこの世に生を受けた時こそ最初の分岐点で人生宿命論になってしまいます。選択が失敗でも以後、いくらでも修正の分岐点が来ているはずです。それに見落とすか、また気が付いても選択しなければ元の木阿弥ですね。人生やり直せる・・・・と思わなきゃ生きて行くのは辛いです。
安全な国、日本もアメリカナイズされ犯罪も想像も付かない事件が次々起こってきています。ミステリーを追い越してしまう現実なんて誰が望むのでしょうか。犯罪はミステリーの世界だけに起こって欲しいものです。この作品、クリント・イーストウッドの監督で映画かされるそうです。 |
講談社、黒川博行の「国境」です。北朝鮮隻らしき不審船が撃沈されたのはつい最近の事ですが、近くて遠いこの国の事をこれだけ詳しく知れたのはこの本のおかげです。新聞等での情報しか知識がなかったのですが日常的なレベルから語られる北朝鮮の内情は想像以上に驚かされました。・・・・と、言っても北朝鮮旅行記じゃないですよ。詐欺グループの一人を追って関西やくざと危ない建設コンサルタントの二人組が北朝鮮へわたります。この二人の関西弁ならではの掛け合い漫才的会話が全編流れ飽きさせないで物語へと引き込んで行きます。北朝鮮内情を書こうとすると、通常つい説明的になりがちですが物語の進行に合わせさりげなく織り込んで行き、とてもテンポ良く話が進むので一挙に読ませてしまいます。
詐欺に組の幹部が被害にあった為、その詐欺師を追ってカタを付けてくるように命令されたやくざの「桑原」と詐欺師グループの口先に乗らされ知らずにカタバを担がされ被害者のリース業者から脅された「二宮」の二人は心ならずも北朝鮮へ追うことになります。ここから北朝鮮へはどうやったら行けるのかと日常的な目線から北朝鮮へのアタックが始まります。都合2回行くことになりますが、この冒険記だけでも楽しく怖くハラハラの連続でその北朝鮮描写とあいまって十分満足のエンタテイメントになっています。
後半は国内での詐欺グループの裏を暴き出す物語になります。とにかくテンポが良いので絶妙な人物描写と会話でグイグイ引き込まれますね。何となくお定まりのパターンとも思えますが、それらを吹き飛ばしてしまうほど快調に読み進められます。読後の爽快感も良いです。愛しきキャラクター達にさようならを言うのが心残りだ。
映画もテンポの良いのはフィルムを相当カットするようですが、小説も無駄をいかに省いてなお人物描写、情景描写など押さえていくか、まさに作家の筆力につきるのですね。今年初めての作品ですが、是非オススメしたい本です。 |
矢口敦子著「償い」です。心に傷を負い生きるすべを無くした元脳外科医はホームレスとなり東京近郊の街へとたどり着きます。かって学生の頃に幼児誘拐を未然に防いだその地で連続殺人事件が起こっています。再会したかっての被害者であった幼児は中学生になっていました。・・・・こんな背景で物語は進行していくのです。
人は一人では生きて行かれないし、生きていくという事は他人と関わりを持つということです。関わりは意識、無意識に関わらず無限の方向がそこにあり、良くも悪くもその結果に責任を持つなんて不可能であり、それを罪と問うことなど誰も出来ない筈です。我々の前にはいつも選択しなければならない道がいくつもあり、選択しては前に進んで行くしかないわけです。どんな基準でそれを選んでいくか、どの道が正しいのか、誰にもわからない。道標の先にあるのは彷徨。彷徨の先にあるのは道標。
誰もが抱えている心の罪と罰。それでも生きていかなければ、だからこそ生きていかなければと深くて重い命題を抱えてミステリアスな連続殺人事件は起こります。最近のミステリーにも幾度と無く取り上げられている被害者の人権問題や心の傷と併せて読み応え十分、ミステリーたっぷりの「償い」は感動のラストまで飽きることなく引きずり込んでくれました。女性作家の場合だと男性の描き方にしっくり来ないところが間々あるものですが、そんな違和感もなく登場人物は生きた台詞で魅了します。
重量級の題材を投げかけられつつも、ラストの感動と爽快感はまさに感動ものです。 |
光文社 「量刑」夏樹静子。ふむぅ〜。現在の裁判の量刑についての問題点を問いかけながら、量刑に手を加えさせようと前代未聞の裁判官脅迫事件展開します。江戸川乱歩、横溝正史にはじまる日本のミステリー(推理小説)は松本清張から社会派ミステリーと変貌していきます。謎解き本格物から回答編がない進行形のミステリーは映像を主眼においたエンターテイメント・ミステリーに。最近のミステリー小説はホラーを入れ込みながら読ませる本が多いですね。犯人も動機も全て明かされていながらぐいぐい読ます本がなんと多いことか。嘆かわしいなんて全然思ってないですよ。むしろ、今時密室殺人なんて無理でしょう。だからこそ登場人物が描ききれないとエンターテイメントになりきれない辛さがあります。ヒッチコックは映画で「電話を取るシーン」をどんなパターンで映像化するか?ここに監督の技があると言いました。電話のアップ映像にベルの音をかぶせるのは当たり前の画ですね。じゃあ、他には?。ミステリーで登場人物をどう紹介していくか作家の腕のだし所じゃないでしょうか?。宮部みゆき、桐野夏生とぼくは絶賛しちゃいます。そして夏樹静子ですね。さすがというか、久しぶりの夏樹静子でしたが大満足で本を閉じることが出来ました。
まあ、残念なのは後半最後が説明的なってしまって物語で進行させていないのと、ギャフンと言いたかったのに物足りなかった事です。ここまではグイグイ引っ張られてきたのに。(^_^;)
追伸:ちなみに、きっかけとなった交通事故の舞台は家の近くなので人ごとじゃないと言うかリアルな映像となって読み進めました。業界用語で言うならば土地カンがある本ですか。(^_^;)(^_^;)(^_^;) |
眩暈を愛して夢を見よ |
小川 勝巳 |
10/19 |
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小川勝巳著「眩暈を愛して夢を見よ」の帯には「この物語の真相は決して人に話さないでください」と書いてあります。もちろん、言われなくたってミステリーを語る時には読んでいない方のために内容は極力わからないようにお話していますが、こりゃ話そうたって頭の整理がすぐつつかないぞ・・・・(^_^;)
ぼくはぼくなりに、すごく楽しめました。片想いだった高校生の頃の先輩女学生の失踪事件を追求していく。妙に引っかかる筋立ては伏線だったのか・・・・・なるほどね。二転三転する後半は目を離せません。引っ張りますね。エピローグのスペードマークの章がどのような意味を持つのか混乱してしまうのですが。
そこでぼくの考えたラスト。
エピローグ ・・・・深いため息をついてノートを閉じた。いつの間にか日は暮れて、窓から 高架線を通過する電車がライトを付けて走っているのが見える。半袖のせいか寒気がする。 窓のカーテンを閉めて上に羽織る物を探そうと隣の部屋へ行きかけたときチャイムが 鳴った。時計を見るとまだ食事の約束をした村田日出子が来るには早すぎる。 「どちらさまですか?」とドア越しに声を掛けると、ちょっと間をおいてから 「・・・・ぼくです」 一瞬、ためらったがドアチェーンを外さずにそーとドアを開いた。
「美南さん、やっと会えましたね。」 ドアの隙間から学生服姿の須山隆治のはにかむような笑顔が見えた。 |
13階段 |
高野 和明 |
10/12 |
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第47回江戸川乱歩賞受賞作「13階段」高野和明はエンターテイメントを目指している著者の想いは十分伝わります。現行の刑法の問題や矛盾は我々も日常的に考える事もあると思います。犯した罪に匹敵する罰とは?更正は償いなのか?、償えるのか?。善良な市民はいかに犯罪に無力なのでしょうか。癒されない被害者の傷は誰がどの様に癒すのでしょうか。
全編に流れる罪と罰という主題は決してこのミステリーのおまけや添え物じゃないのです。重い主題ながら、これなくしては成立しないミステリーでもあります。傷害致死罪の仮出所の男と松山刑務所の刑務官は死刑囚の冤罪を晴らすために再調査を開始します。それぞれの目的のために報奨金欲しさから請け負った仕事ですが、ミステリアスな世界は望むと望まざると過去へのドアを開いて待ち受けているのでした。解き明かされる真相は決して朝陽が昇るようなスカッとした大円団じゃないけれど深く心に残るフィナーレとも言えます。
死んでしまった被害者の人権は何処に?。被害者の無念は?まさに土に埋もれてしまった階段の下から悲痛な叫び声が聞こえるようです。法の裁きは敵討ちじゃない・・・・・じゃあ、何なのさ? |
涙の川 |
菅野 奈津 |
9/30 |
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第4回日本ミステリー文学大賞新人賞佳作・・・ふ〜ぅ、長い(^_^;)の涙の川(菅野奈津)です。ミステリー文学大賞とは?なんぞや?文学とことわっているところが胡散臭いにゃ。(^_^;)
公園で母親の目の前で刺殺された幼い娘、側で一人の男も刺されて倒れていた。二人を結びつけるものはない。通り魔なのか?怨恨か?銀行員の父親は職を辞して犯人探しへと突き進んでいきます。こんな設定で始まる涙の川は引きつける要素十分のミステリーです。・・・・が、引き込まれそうになりながらも人物描写が軟弱なもので人物像が伝わって来ないような気がします。つかみにくい登場人物は怪しくもあり怪しくもなし、ホントに通り魔じゃ話にならんぞと心配しました。本の帯にある「人間が生きていく上で背負わなければならない悲しみが、自らのこととして共感と感動を呼び、胸に迫ってくる。」とはいったい何処に有るのだろうかと捜しましたぞ。
ミステリー文学とはなんぞや?。仕掛け人は悪を深く描くことで最後の仕置きが生きるというもの。ミステリーは何を描くのか、文学は何を描くのか、描かなければ全て涙となって川に流れてしまうでしょう |
スタジアム 虹の事件簿 |
青井 夏海 |
9/25 |
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青井夏海の「スタジアム 虹の事件簿」は最初は自費出版されたものだそうです。自費出版を全国の書店へ委託販売してくれるシステムなんてあったのですね。それが目にとまっての出版ですからこのシステム、小説家の
入り口の一つになりそうです。(ぼくも一丁やってみっか(^_^)V
本書は犯罪現場に出向かず事件を推理してしまう「安楽椅子探偵物で、短編集です。伏線の張り方次第で作品が左右されるこの手のミステリーは、どうしたって本格物に分類されると思うのです。ですからご都合主義が出過ぎると情けないミステリーになりかねないですね
ぼくとしては満足できる伏線とは言い難いのですが全体が同じトーンで合っているものですから落胆度はそれほどありませんね。タネを蒔いて育てて刈り取る。手塩に掛けなきゃ美味しい作物は作れませんや。もう少し育ててくれると良かったのにな、と思ったりしています。安楽椅子探偵と言えないこともない一読者ですから、安穏とこんな勝手な事も言えたりします。(^_^;) |
時の渚 |
笹本稜平 |
9/21 |
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サントリーミステリー大賞受賞作「時の渚」はタイムオーバー。妻子をひき逃げされた元刑事は私立探偵。依頼されたのは人捜し。たどる先にあるものは?・・・・と、ページも軽やかに進みます。こういう謎って興味津々ですね。過去のひき逃げ犯と何処で結びつくのか?とは読んでいる内に誰もが想像してしまう事だものな。いつの間にか想像した通りの道筋に、かえってその裏はと読んでしまうのもミステリーファンの性だ。紆余屈折はあるものの、またまた想像した通りの進行に裏の裏でズドンと落とされるのでは密やかな期待を持ってしまうのでした。
思わぬ方向に・・・・行かないのは困るな。宝くじじゃないのだから読者の推理が当たるなんてシャレにもならないぞ。・・・・と、読み進みますが・・・。殺人事件の犯人と私立探偵の親へもう少し感情移入が出来るくらいに書き込んでくれると「血の因縁」に感ずるものが有ると思うのです。別にご都合主義なんて言うつもりはないですし、因縁は因縁を呼び寄せる事はミステリーではありふれるくらい有りますけど、ぼくの心は最後まで落ちませんでした。
恐ろしく複雑な人間関係は複雑さとは裏腹にシンプルで狭い世界で織りなしていました。殺人事件にミステリーが有るわけでなく人捜しも何の障害もなく聞き込みと多くのヘルパーのおかげでクリア。大賞受賞に文句なんか無いけど冠のミステリーは何処へ行ってしまったのかそれが一番のミステリーでした。フゥ〜〜 |
片想い |
東野 圭吾 |
8/26 |
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東野圭吾の「片想い」。性同一性障害の理解が深まりました。偏見なんて持っては居ませんでしたが、理解もしていなかったことが身にしみてわかりました。・・・・これは、さておいて、いろいろな「片想いが」交差してミステリアスに話は進みますが、読書途中に妙な爽快感を味わってしまったのはぼくだけでしょうか。「片想い」は熱き友情の中を切ない愛を抱えながら行きつつしています。男が男として男を愛する、女が女として女をを愛してしまう気持ちは想像は出来てもなかなか理解するのは難しいところですが、これは男が女として男を、女が男として女を想うという、ある意味理解できる範疇なのでその切なさがより心に響いてきます。もちろん性同一性障害は恋愛だけでなく生活という全く日常的な中にこそ苦しみがあるのですが。読後、しばらく心の中をいろいろな想いが交錯してボーっとしていました。こういう問題に偏見を持たない自分で有りたいと思うのと同時にぼくらの心に宿る愛とは何かと考えながら切ない想いにとらわれました。 |
模倣犯 |
宮部 みゆき |
8/22 |
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4月の出版の本ですが、今月読みました。書評等でも絶賛されている本ですね。上下2巻は読み応えがありますが、その量よりも内容も読み応え十分な作品ですね。登場人物の掘り下げ方が深いので人物設定がより鮮明になり実感的に読みとれます。その辺も読後感の重苦しさにつながるのかも知れません。前半は犯人は?と引っ張られ後半は明かされた犯人がどの様に追いつめられるのかと、バニラとチョコの合わせアイスのよう。犯人側のシチュエーション、そう言うこともあるだろうなと納得させるだけの書き込みはあります。もう一つ大きな「きっかけ」が有ると良いのだけどな。夏休みにかけて一気に読んだので楽しかったです。こういうのは一気に読まないとつまらないですね |
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